松本忠男のプロフィール
1961年7月東京都世田谷生まれ かに座 A型
いまどき珍しい8人兄弟

俳優の中井貴一さんは小学校時代の同級生で幼馴染。
家が近所だったため、よく遊びました。
はじめての就職は東京ディズニーランドでした。
日本ではじめて東京ディズニーランドがオープンした年のことです。
最初は準社員として、商品部に配属。
店舗はワールドバザールにあるエンポーリアムというスーベニアショップ。
毎日毎日 休みなくレジ打ちやバックヤードでの商品管理。
仕事が楽しくて楽しくて仕方がなかった日々。
この年の6月に正社員になり、
配属店舗はファンタジーランドにあるアリスト・キャット。
シンデレラ城のすぐ後ろにあるスーベニア・ショップです。

ディズニーの妥協のないフィロソフィを叩き込まれました。
ディズニーと言えば「夢と魔法の王国の創設者」
でも、本当のディズニーフィロソフィーは、
お客さまの感動やメリットに対して絶対に妥協をしない
ウォルト・ディズニーの信念であると、ボクは思います。
ディズニーランドでの経験もボクの人生の中で、
とても大きな経験になりました。
清掃の仕事に携わったのは今から24年前のことでした。
今から約24年前、病院清掃の専門会社ダスキンヘルスケアに入社後は
病院の院内感染対策などを中心とした衛生管理の仕事にずっと従事しています。
亀田メディカルセンター(亀田総合病院)に派遣され、
マネジャーとして従事後、亀田メディカルセンターのグループ会社に移籍。
その後、約8年間、亀田メディカルセンターの衛生管理&清掃部門の責任者
をしながら、病院衛生管理の新しいシステムを考案し、
色々なマスコミにも取り上げていただきました。
1997年 独立し、現在の株式会社プラナ
(医療関連サービスのトータルマネジメント会社)
を設立し、現在は代表取締役社長。
天狗になった鼻をポキンと折られました。
サラリーマン時代、亀田メディカルセンターという
医療界のブランドを看板として仕事をしていたため、
営業もラクに進めることができました。
都内の病院事務長へ電話をかけると、
ほとんどの事務長が会ってくださいました。
でも、当時はマスコミに多数取り上げていただいたこともあり、
知らず知らずの間に天狗になっていたのだと思います。
愚かにも上手くいくのは「自分の力だ!」とかたくなに信じていたのです。
このような状況下で独立したため、最悪の状況へまっしぐら。
電話でアポを取ろうとしても、ほとんどがガチャン!
話さえ聞いてもらえない。
資金もないため、手作りのチラシを鞄に詰め、
一軒一軒、飛び込み営業をするも、ほとんどが門前払い。
渡した手作りのチラシを目の前で
破り捨てられたこともありました。
この時期、東京が大雪になった日がありました。
鼻水をティッシュでふきながら頭を下げて一軒一軒アポなし訪問
ほとんどが受付の窓口で断られる中、
ようやくお会いできた事務長には、
目の前で手作りのチラシを破り捨てられたこともありました。
精も根も尽き果てながら、
暖かいラーメンをすすったことを今でも思い出します。
さらに苦しさに追い打ちがかかります。
ストレスからの極度の顔面神経痛が発生。
顔の半分に毎日 激痛が走る。
虫歯の痛みが顔半分中にズキンズキンと。
病院の精神科にも嫌々ながら通いました。
でも営業をやめるわけにはいかないため、
激痛を隠しながらひたすら一軒一軒回ったことを思い出します。
「果たして会社はいつまでもつのだろう?」
こんなことを考える日々でもありました。
約一年後、資金も底をついてきた頃、
この時の活動がようやく実り会社も軌道に乗り、
15年目になりました。
あっと言う間の14年間でした。
病院清掃のノウハウを身につけたのもこの時期です。
でも、この24年間を通し、
300余名の病院清掃スタッフと働き、
紆余屈折しながらも、スタッフへの指導を繰り返してきたことで、
今では財産となっている様々な仕組みを見出すことができたことは
本当にラッキーでした。
病院清掃本を2冊書きました。
その間、「病院清掃の科学的アプローチ」
「病院の科学的清掃マニュアル」という2冊の書籍を執筆し、
ペンギンワックスをはじめとした様々な企業にて
セミナーの講師をつとめさせてもいただきました。
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尊敬する人は、ウォルト・ディズニー
心に残っているテレビドラマ 「優しい時間」「Dr.コトー診療所」
好きな俳優「寺尾聡さん」
好きな作家「原田マハさん」「石田衣良さん」「奥田英郎さん」
好きなキャスター:長野 美郷さん
好きな芸能人:榮倉奈々さん
後世に伝えたい映画:フラガール
好きなイメージ:割れないシャボン玉
笑いヨガリーダー
日課「愛犬ペロの散歩」



